2014.02.19

群大音楽科シンフォニカ定期演奏会

私が指揮・指導をしている群大音楽科シンフォニカ定期演奏会が
明日3月1日(土)に午後1時開演(前橋市民文化会館小ホール)で開催されます。
オケは私、合唱は本年度着任された山崎法子先生、定期初登場!!

ちらし_convert_20140228102619

今年のオケのメインはチャイコフスキー交響曲第5番です。
この曲に出会ったのは高校3年生の時でした。
父がたまたま録音した第4楽章を何度も聴いて、それから
カラヤン、ウイーンフィルのレコードを夢膨らませながら買って、
聴き入ったものでした。私がこの曲を振るのは5年ぶり2回目ですが、
演奏するメンバーが変わり、私もこの曲の新たな魅力を発見しながら
新鮮な気持ちで取り組んでいます。この曲は奇跡としか言いようの無い
旋律の見事さと、音が光のプリズムのように屈折、拡散してゆくような
オーケストレーションのダイナミックさ、楽器の出入りの絶妙な仕組み
が魅力です。4楽章のクライマックスはもう一度聴きたいと思わせられますが
やはりクライマックスは一回なんですね・・・。

学生たちは(私も)一年間この日のために汗、水、涙を流しながら
とりくんできました。ご来場をおまちしています。

スポンサーサイト

2014.02.19

最近の話題と言えば・・・2

佐村河内さんの話題は音楽から次第に聴覚障害の認定のほうに
シフトしていますね。

家の2階で探し物をしていたら前回の記事に書いた、作曲家の神話についての
センター試験問題が出てきました。著書は渡辺祐さんの「聴衆のポストモダン?」
という本(?)です。

前半は鑑賞方法が「コンサートホール」から「自宅」や「〜しながら」に変わり、
非日常から日常へ変化し、さらにCD化されたことによって細切れ鑑賞が可能に
なり全体像としての作品との対峙が失われた。ような話ですが、私はコンサート
に行くと聴きながら考え事したりするし、ながら鑑賞してても聴き入ってしまい
運転しながら感動する事もあるし、そうとは言えないのではと思っています。
音楽を好きになるには、ある程度繰り返し聴く中毒的な状況が必要だと思うので、
CDやメディアがもたらした効果は大きいと思います。

後半は まさに今の話題に直結する神話の話。ベートーベンを聴く時はあの肖像画
や彼の生い立ち、生き様が付着した音楽を聴いている、と。
音楽業界の音楽を商品にしようとする人たちは人々がそのように音楽を聴く事を
一番知っているし、そのためには大かれ少なかれ嘘もつくのでしょう。
私は最近リチャードクレイダーマンは作曲はしていなくてピアノを
弾いていただけだと知って、愕然としましたが、一概には言えませんが演奏は
優美に、作曲は苦しみ、悲しみを纏い、ってのが一般受けするための王道の
ような気はします。

残念ながら私も演奏に関しては「演奏者」が見えた時点で「演奏」に「演奏者」
を付着せざるをえません。でも、作品は、意地悪で個人的に嫌いな日本を代表する
作曲家の曲でさえ、音楽には憧れるし尊敬もします(その曲だけ)。
ベートーベンやショパンの音楽も音しか見ません。一応専門家でですから
当たり前の事ですが。

もちろん「知る」ことは音楽を聴く上で必要な事だと思いますが、
真に音楽を愛することを可能にするのは、音楽自体の魅力を感じる力
を養う事だと思います。音楽教育は音楽の楽しみ方ではなく、
音楽自体を楽しむ力を育む事だと思いますが、途方にくれそうな
命題です。 途方にくれてないのが問題なのです

2014.02.11

最近の話題と言えば・・・

最近の音楽業界は佐村河内守さんのことがもちきりですね。
このことについては指揮者の大野和士さんの記事(記事自体は江川さん)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20140209-00032494/

や、江川紹子さんの記事
http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20140206-00032407/

を読めば、何が問題だったのか分かってくる部分もあると思います。

ところで最近はないですが、昔はゴーストライターは何度かやったことが
あります。でも、もちろん丸投げではなく、いわゆる「編曲」に近いものでした。
なぜゴーストなのかと言えば、売るために邪魔だからです。
私たちは自分のオリジナルの曲を他の人の名前で売り出されるのは拒否しても、
編曲くらい名前が出なくても仕事ならいいやと思ってしまいます。

この件で明らかにしてほしいのは、佐村河内氏、新垣氏の二人では、
いえ二人だからこそ簡単ではなかったであろう楽曲初演からCD販売までの
過程です。売り出すと決めれば、すべてが同じ方向に向くから仕方ないと
思いますが、止める事ができたのはその前の段階だと思います。

で、曲を私が聴いたかというと、番組は興味深く観ました。その中で聴いた
だけなので全体はわかりません。でも「現代音楽作曲家ならこの程度は誰でも書ける」
と言っている専門家もいますが、そんなことないと思いますよ。

つきつめれば日本の音楽文化、音楽教育の象徴のような事件で、マーラー、
ショスタコービッチを聴いた事がない人、興味を持たない人がこの交響曲を
好んで聴いた要因は色々言われていますが、その一つがタイトル、楽章タイトル
を初めとする良い意味で背景の「わかりやすさ」だと思います。
逆に私はこの分かりやすさが気になって聴く気が起こりません。
江川さんがおっしゃった「神話」は、何年か前作曲家の
神話についての文がセンター試験の現代国語の問題にもなりましたが、
すでに、バッハやモーツァルトについても、後から作られた「神話」とともに
私たちの頭のなかにインプットされている事は事実です。

この件の殆どは、偽物だった点以外は「そんなものでしょう」、という
ことです。一般の人がこの曲の本質的な善し悪しを判断する事は難しいし、
そんな能力なくてもいいと思います。音楽を聴いて人生が豊かになるのであれば。
つまらない映画でも専門家は絶賛してみせるんだから、今回この曲を褒め称えた専門家
たちもそんなに罪はないかと。売るために必要な事です。

現代の作曲家は、永遠にこの「本質」と「わかりやすさ」の狭間で悩む
のだと思います。では私は何を考えて作曲しているかといえばすべての楽曲について
いえるかわかりませんが

「わかりやすい音楽」の中にいかに本質を注入できるか

に取り組んでいるといえます。まあ本質があるかどうかは別にして(笑)
長くなりました。この辺で。


2014.02.07

おきりこみのyou tube

先日放送された群馬テレビの「群馬一番!」

番組を見逃された方、こちらでご覧になれます。

http://www.youtube.com/watch?v=E7Dp1py3Tus&list=UUIpWYV7LBpsjQgwhSaSuaiA&feature=c4-overview

まるで休日ようなキャンパスですが平日の朝9時。
寒いからぶらぶらしている人なんていません。

ちなみに「さようなら」はその場で考えました。
エレファント・ジョンのお二人が准教授准教授連呼するので
それは純粋の「じゅん」ですと言ったのですが、カットされました(笑)

いまさら「群馬おっきりこみ合唱団」にはできないなあ・・・


 | HOME | 

プロフィール

西田直嗣

Author:西田直嗣
いらっしゃいませ。西田直嗣のブログです。
詳細はこちら

最新記事
公演スケジュール
5/14 「詩と音楽」
詩と音楽表_convert_20160412061754
リンク
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
01 | 2014/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 -
リンク
フリーエリア
にほんブログ村 音楽ブログへ
にほんブログ村
検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ペンギン